ピエール・ルメートル『その女 アレックス』

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

バーナード嬢曰く。』4巻で名前を見て、面白そうだったのでパディングとして購入、したのだけど、手にとったら面白くて昨日そのままめずらしく夜中2時まで読んでしまった。夜ふかしと、あわせて酒も飲むので寝不足になっている。ミステリやサスペンスはいつもこうなってしまう。そして確かにヘヴィで、すぐ寝付けはしまいと思ったので口直しに自分の文を読んで寝た。叙述などではなく、プロットが急である点で紹介されそうだが、それ抜きでも十分面白いと思う。

アレックスが誘拐され、その理由もわからぬまま監禁される、という話から始まったはずが、アレックスが脱走してからは、彼女が男たちを次々殺してゆく、警察はそれを追う……、という急転ぶり。監禁されているときの描写はそれほど迫真を感じられずのんびり読んでいたが、脱走してからはだいぶハラハラさせられた。誘拐犯の謎などは始まりにすぎず、本当の謎はその女なのだった。読んでいるときは分かってなかったけど、いま考えたら口を狙った理由もわかる気がする。しかしホテルの隣人を妄想するシーンはただの殺人狂みたいじゃないか? むしろそうなっていたのかも。

面白かったけど高校生に薦めたい感じではないな。本はどっかに追いやりたい……。読みはじめたときにはくどくどと長ったらしい描写に閉口したけど、これがフランス流かなと思ったら読めるようになった。

こないだの『解錠師』もこのミスだったかな。そういう気分なのかも。

ケン・リュウ『紙の動物園』

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

天候不順でカンヅメ状態になったときに、とりあえずしのごうと思って書店で買った本。結局読まなくて、カバンの中に入れっぱなしだったのをこのたび引っ張り出してきた。とSFのつもりで手に取ったら、どちらかというと幻想で勝手に期待はずれ。SF的なギミックがうまくハマって話に心地よいオチがつく、というのを期待していたので、ふんわりと決着させずに余韻引いて終わるこの本はなんか違うとなったわけだった。表紙の感じをみて、も少し構えを違えたほうがよかったな。というか、ルーツを強烈に意識した作風ってのは、ハマるときはハマるのだろうけど、そうじゃないときのほうが多いんだよな。あっちじゃエキゾチックでうけるのかもしれないけど。しかしタイトルはかっこいいよな。

スティーヴ・ハミルトン『解錠師』

解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

今年の正月に行った古本屋で100円だったから買ったのだった。今年のうちに読めて偉い……。

芸術的な金庫破り師となった少年のたどる運命、ってな感じのストーリーで、ふたつの時間軸が交互に語られ、ロマンスとサスペンスを盛り上げていくので、めずらしく一気に読んだ。映画っぽいと思う。主人公はアメリカ的な出会いと別れを体験しながら、犯罪組織の都合に巻き込まれていくんだけど、そんな中でもヒーローらしさを失わないのは、かれが幼いころに声を失い、みじかい独白と無言の態度だけで物語を進めているからなんだろう。

なんかヤングアダルト向けの賞を獲ったってあるけど、こんなん少年少女に読ませたいもんかねえ。セックスも暴力も出てきますけど。クライマックスはデトロイトの男との直接対決だな、と思ってたので、少し拍子抜けした。アメリアは結婚しちゃってるし、寝ぼけまなこにしたって、いつ出所するかはわかんないんじゃないのかねえ。と思うとおれは怖いよ。

Reeder が無料になってるという話を目にして、久しぶりに RSS リーダーなるものを起動し、そこで久しぶりに他人の日記なるものを読んだ。おれにはこういう体験が足りてなかったんじゃないかな、最近は。

何かのイベントなのか? 建物の中にいて、その時は何のメディアかは不明だったが、ポルノの予告がされたもんで喜び勇んで行くことになった。途中で友人に合流して、どうやら事情を知っているらしい彼についていく。道中で勤務先の社長が現れて、ぞろぞろと長い列を作って歩くおれたちの写真を撮ってるだけなんだけど、自分は上映会には行かないという。しかし話している間に前を進む友人からははぐれてしまって、おれの後ろ数十人はこの分岐を上に行くのか下に行くのか分からなくなってしまう。 最初上に進んだが、どんどんフロアから何もなくなってしまって、正解は下だったとかなり昇ってから気づく。下がったところには室内シアターがあって、プラネタリウムになっているらしく、前の上映が終わったばかりで子供たちが終わって外に流れ出てくるところだった。その流れに逆らって中に入るとすでに室内にはポルノ上映待ちの大人達が席を取りはじめている。中央前方の席を取りたかったけど、その辺りは一人で4人分の席を取って横たわる相撲取りとか、3メートルくらいある男たちが既にセックスを始めていてなんだか治安が悪そうだったので、左手側に場所とることにした 。巨人たちは何かの暴力的なゲームのキャラクターで、相手の頭蓋を自分の肛門の中に入れて破壊するのだという。実際糞便にまみれて粉砕された頭部が床に転がっていた。さて左側に席を取ったのはいいものの自分には何の準備もなく、体液を受けるものは筆箱くらいしかない。せめてティッシュだけでも持ってきておけばよかったなあと思った。周囲には男も女もいるが、どちらかというと醜い人ばかりで、そういう人たちのための催しなのである。自分の左に座っていた女性は『エンバンメイズ』の金持ちのおばさんだった……。まさかの。そうしてはじまったポルノはルフィ出産! みたいな煽りで、たぶん性交の間違いではないかと思うのだけれど語感としてはまちがいなくそうだった。おれが楽しみにしていたのは二本立てのもう一方のほうである。

蝶男の噂

噂といってもそれほど大層なものではなく、局所的で、ほんの一時的なものだったので、いま思いだしていること自体が驚くべきことでもある。

中間試験の時期で、そうすると午後の早い時間に帰宅できることになるので、いくら生真面目だったおれでも、少しは校外で羽を伸ばしてから帰宅しよう、となるのは当然だった。たぶん翌日の科目は公民とか、気楽な日だったということもあるのかもしれない。それでその日は友人たちと一緒に、というよりは勝手に着いていくかたちで、ゲームセンターに向かったのだった。

川沿いの、そのおんぼろのゲームセンターは、いつもの通学路からは少し外れるものの、バス停が目の前にあって、帰るのに都合がよかった。バスの時刻だけ調べておけば、頃合いをみてゲームに勤しむ友人を残して先に帰れるので、一緒に帰ろう、などと言いだしにくい自分としては大いに助かった。おれは当時から自由になる金など持ちあわせていなかったので、ひとつもゲームで遊ぶことなく同じ制服の面々が操作するそれぞれの画面を横から覗いているだけで時間をつぶしていた。

当時は、なのか今もそうなのかは知らないが、流行っていたのは格闘ゲームで、アニメ調に描かれた、活き活きとしたキャラクターたちを自在に操る様子を羨ましく見ていた。ただ、そこまで到達するには相当に練習が必要だったはずで、100円も無駄にできない当時の生活で、それをなげうってこの戦いの荒野に打って出ることなど考えられもしなかった。

おれが一緒に行動していたのは当然オタクたちのグループで、昼休みには教室内でひとかたまりになってアニメだかマンガだかの話をしているような面々だった。一方で、野球やサッカーをしているような奴らも同じようにゲームセンターにいて、同じようにゲームをプレイしているので、これらを完全に分断された2グループとして見ていた自分としては驚きの、というべきか、違和感のある、というべきか、とにかく奇妙な空間に映ったのだった。

そこに小一時間もいれば音と光にも慣れてしまい、その日はまだ誰も帰らないようだったので、一人でバス停の前に立っていた。一度は栄えたところらしい、猥雑さと古臭さをそなえた町並みで、やや傾斜した、整備の行き届いていない道路を、跳ねるようにバスがやってくるのが常だった。その道路の向かい側にも同じ名前のバス停があって、駅でないほう、大学病院にまで通じる路線だったが、そこに奇妙な風体の男が立っていた。新しめのスーツをぴっちりと身にまとい、男がこんな時間こんな場所のバス停にいること自体、場違いだったが、しかし何よりおかしかったのはその顔、というより頭部で、おびただしい数の蝶がその周りを飛びまわり、視線はおろか顔つきでさえ隠しきってしまっていた。

「何あれ、山賀くん」 傍から見ても気になる凝視っぷりだったらしく、ふらっと近づいてきて、昼休みサッカー組の加納が言った。隣のコンビニでジュースを買ってきたところらしい。おれは、あ……ちょうちょ? みたいな間抜けな台詞だけ言って口ごもった。加納もはじめ理解しかねた様子だったが、蝶男を認識すると、うわ、やべぇ、と言いのこしてゲームセンターにいる仲間たちに報せに行った。

加納が戻ってくる前におれの乗るべきバスが到着し、おれはバスの座席に座って、少し近く、少し高い位置から蝶男を見おろす形となった。そこからでも蝶男の首から上は蝶の霧につつまれて何もわからず、そのままバスは発車してしまった。反対向きのバスとすれ違ったので、見送ると、蝶男がバスに乗り込んでいくのが小さく見え、少し遅れて、加納とその仲間たちに混じって、水谷くんが自転車に乗って、その後を追いかけていくのが見え、曲がり角に消えていった。