高校生のころ、アニメで見たのかなんなのか、「女の子がウィンクをする」というのにスゴク憧れていたことがあって、当時仲の良かった同級生の女の子(それでいて好きな子でもあった)に頼み込んで、ウィンクをしてもらったことがある。放課後の教室、二人きり、とかだったらロマンチックだったのかもしれないが、帰りの電車の乗り換えに降りた駅で、他の人間もガヤガヤと、また通過車両もある中であったので俺たちのふたりの空間、言ってる意味は解ると思うけど教室に二人きりなら教室分の空間全体が俺たちの空間になる、その空間も屋外ではせいぜい半径1mもないくらい、そんな所だった。アニメや漫画ならいざ知らず、現実には人間の眼というのは意識して見たことのないものにとっては意外と小さい。ウィンクそのものにインパクトがないのだ。そんなわけで折角してもらった初めてのウィンクも残念ながら拍子抜けに終わったのだった。俺が即座に反応を示さなかった、そのことに、相手も俺のことをよく知っているため、俺がそのウィンクに感情を動かされなかったことを分かってしまったし、こちらもそれを分かってしまった。流れる気まずい空気も各駅停車到着のアナウンスに半ばかき消されたが、それから家に帰り着くまで、それ以降もこの一連の事態に対する後悔はうっすらと頭の中に残り続けた。彼女が俺の目の前でウィンクしようとした瞬間がちょうど、人生のひとつの(小さな)境目であった。そこで嘘でも彼女を喜ばせるような反応ができたなら(できるような人間だったなら)、俺の人生も大きく変わっていただろう。それができなかったほうを選んだのが今の俺だ。