日記を書きながら・深夜

「ねえけーくん」
けーくんとは俺の愛称である。日記を書きながら深夜、妻の声。
「なんですか」
「これ」
彼女に押されるようにして俺と向かいあった妻専用のノートPCを見ると、画面には数日前のホッテントリが映っている。ははぁ。
「これを見てどう思いますか」
「えーと…『この御仁に此のさき幸多からんことを』?」
えへへ、と薄笑いを浮べて彼女を見ると、物凄い形相で睨んでいる。
「そういう事を云ってるんじゃないって分かるでしょ!」
顔をぶとうとするのを腕で防ぐ。明日も出社なんだから勘弁してほしい……。ここからは、穏便に事を済ませなければならない。
「言いたいことは分かるんだよ、えーちゃん」
えーちゃんとは妻の愛称である。俺は弁明を続ける。
「でもこうやって辛うじて掴んだ正社員の職を、そうやすやすと手放すわけにいかないでしょ?」
数年に及ぶ付き合いのやっとここ数ヶ月で、ここまでの反論を俺は口にすることができるようになっていた。そしてこの反論はごくごく正論だ。
「男がそんなこと弱気なこと言ってどうするのか、私はあんたとなら、どんな一生だって一緒にって、言ったのに、それがこんなサラリーマンみたいな人生に甘んじていていいのかっていってるの!」
サラリーマンみたいな人生じゃなくてサラリーマンなんだよ!それに、Y社を辞めてフリーランスになるにはまずY社に入社しなきゃいけないんだぜ!
「バカ、バカ、派遣社員!」
「ああ、暴力はやめてくれ!」
こうして気がつけば深夜。