灰色の劇場

夏の道路を車で下っていったのである。戸のない入り口から入ると、建物の中はまさに荒廃しているとしか言いようのない状態で、岩かコンクリートか判別のつかない材質が、その巨大な空間を囲い、外界から切り離していた。どちらを向いても灰色の、体育館くらいの広さがあったその部屋は、他の二人には分からなかったようだが、おれにはすぐ劇場だったのだと知れた。光の差す入り口を背に立つ二人に向かって、おれの右手側が舞台になっていて、左手側が観客席になっているのだと説明すると、たしかにここに転がっている灰色のがらくたは、みな埃をかぶった大道具のようである。スタッフ・ルームもどこかにあるはずである、と探していると、妹なるべき少女がこれまた埃まみれのピアノを見つけた。椅子に腰かけて、アップライトの、周囲が灰色の中ひとつきりなんとか黒色を保っていたピアノに正対した妹が曲を弾き始める、すぐに間違えたが、それでも弾きつづけた曲は、おれには速くて美しいメロディーだと思えた。弾いている彼女に近づいて、肩に手をやった。肩と、あとじかに胸を触った。