個人的な空間という意味で精神的、といったときのその残りの世界のことを何と呼んだらいいか分からない。物質的と呼ぶにはもっと広いし(社会的なこととかもある)、現実的、とでも言うのが近いだろうか。……自分のことも十分現実的なことだという思いがあるので抵抗を覚えるところではあるけど。呼び方の、定義的な問題だとも言える。世界から日記的なものを除いた残りのことを何と呼ぶのだろうかという前から思っている問いに似ている。これについては、それを世界と呼ぶのだろうという気が最近はしている。