「まったく、おれは素面でもメールが送れるんだってことを証明するために生きてるんじゃないかって気がするよ」

しばらくパソコンに向かっていたプロデューサーさんが勢いよく椅子に背をあずけながら言ったので、私はスマホから顔を上げて席のほうを見る。私と目があうとプロデューサーさんはにやりと笑って席を立ち、コーヒーを淹れに行った。

ここのところプロデューサーさんは仕事が立て込んでいるのか、遅くまで事務所に残ってデスクでなにやら唸っている。そんなとき私は用事もないのだけれど、みんなが帰ったあとの事務所の雰囲気が好きで、ソファに寝っ転がってだらりと時間を過ごしているのだ。窓の外は冬の寒さにくろぐろとして、向かいのビルの明かりですら突きさすように冷たい。プロデューサーさんはときどき食べに行くのも億劫がって、給湯室でカップラーメンを作って席で食べている。その匂いも私は好きだ。身体に悪いから私は食べないけれど。私は家に帰ればご飯があるのだし。

そしてどこから仕入れてきたのか、そこに缶ビールが添えられることも少なくない。初めて見たときは社会人ってこんなことするの! と思ったものだけれど、もう見なれてしまった。このことを知ってるのは私と、あとは小鳥さんくらいなのだろうと思う。

プロデューサーさんは一度、私に向かって弁解するように言ったことがある。

「これはある種の薬なんだ……。健常者はこれなしでもうまくやれるらしいんだが」

私はそういう言いまわしが嫌いだった。

見ると、プロデューサーさんはコーヒーメーカーの前に立って、凝った身体をほぐすように腕を伸ばしたり回したりして、ぶつぶつ言っている。話し相手が欲しいのだろうか?

「そんなこと言って、いつもたくさんメールを送ったり、電話したりしてるじゃないですか。まだお日さまが出ているうちに。お酒のんでないでしょ」

声をかけるとプロデューサーさんは得たりといった顔でふり向いて、

「あれは機械の仕事だよ。AI(人工知能)の仕事だよ。ほんとうの創造性ってのは夜やってくるんだ。酒とともにやってくるんだ」

あれあれ、もうきこしめしてるのかな? 私はまたスマホに顔を戻す。フィードに変化がないのでポケットにしまい、帰り支度をする。きょうはもうおしまい。ページを開けば、コインを入れればまた元どおり。何も変わりはしないだろう。プロデューサーさんはまた事務所で寝るのだろう。