ユノッチとオレノフ #2

「うーんおれは、功名心が強く全てを自分でコントロールしようとしすぎなんだな」

「やがてそのことで人類は罰を受けるだろう」

「ユノッチ!」

オレノフ=ジブンスキーがその声に気づくやいなや、ユノッチ=スケッチビッチは部屋全体にその存在をひろげ、片隅にうず高く積みあげられた本たちも、壁におずおずと貼られた媚びいるようなポスターも、笑顔のホワイト、いや、ありえなグレイに染められてゆき、やがて十二方が光に包まれたとオレノフが感じたとき、その光というのは実は赤外光で、たとえこれを目撃したものがあっても傍目には何も違いはなかっただろうが、すでに視力を失っていたオレノフにとってはなんの関係もないことだった。

強い衝撃があり、次いでオレノフは聴力を失ったと思った。だが耳の中を流れる血潮の音を聞き、そうではないことに気づいた(同時に、自分がまだ生きていることにも気づいた)。それほど急に音が失われたのだ。いつもならオレノフの部屋で無遠慮にうなりを上げ、いったいどちらが主人かも見失わせてしまう種々の機械たちたちもいまは沈黙していた。ただただ沈黙と暗闇のなかをオレノフは曳航されているのだった。正直者のオレノフであったので、はじめは黙って身を任せていたが、それがあまりに長く続くのでついに声を上げてしまった。

「ユノッチ、いったいなんなのです! 私をどこに連れていくのですか? 私はしがない穴掘りです、信義をうらぎるようなこともやっきたが、私の生活でそれを責められはしないでしょう。それに信心だって失わなかったはずだ。ほとんどの場合ですが」

虚空に叫ぶと、やがてユノッチの応答があった。

「あきれた。よくも10年も口をつぐみ、されるがままに状況を受けいれたものですね。敬虔なのは良いけれど、奴隷になるのじゃ生きてる甲斐もないでしょうに」

10年、と聞いてオレノフが顔を触ってみると、髭も髪も伸び放題に伸び、肌はガサガサになっていた。胸や腿の肉はそげ落ちて、あたりは糞尿だらけであった。道理で喉にひっかかりを感じたわけだ。それだけの間、ひと言も発さなかったのだから。言葉を覚えていただけ僥倖だ。

また(10年ぶりに)大きな衝撃があり、部屋の旧支配者たちがまた唸りを上げはじめた。

「あなたがぼうっとしてるから、もう10年も巻き戻ってしまった。あなた、いま何歳? いえ、何歳だった?」

最後の記憶では24か25か26であったとオレノフは思った。では今の自分は34か35か36歳なのか?

「あなたの街だよ。あなたが14か15か16の頃の」

ユノッチが部屋の窓を全開にした。換気だ。糞尿に倦んだ空気の代わりに暖かい風が吹き込んで、オレノフの伸びきった髪に触れた。と、オレノフの鼻から垂れるものがある。

「花粉だ!」

「この街には不埒な儀式をおこなう生徒たちがいるそうよ。あなたには一度だけ奇跡を起こすことを許すから、これを正してきなさい」

「じゃあ、この部屋を綺麗にしたい」

忽ち部屋から全てのものが消えさった。

「あのう、10年間も私は何を食って生きてきたのでしょう」

「さあ? 精神世界じゃない」