にっき

数ある彼女の趣味のひとつに俺が髭を剃る様子を観察するというのがあって、洗面所に立ちヒゲソリを手にするといつのまにやら背後に立っており、鏡ごしにこちらを見つめてくる。電動は好みでないらしく、初めてうちに来たときに俺がT字の原始的なやつを使っていると知って喜んでいた。ジェルを顎にペタペタと塗って、逆手に髭を剃ってゆく。ひと通り剃り終えてから左手で剃れ具合を確かめる、その仕草が一番のお気に入りで、見ている彼女は黄色い声を上げて背中を叩く。あぶないじつにあぶない
今日は外出に備えて、伸びるがままにしていた無精髭をやっつけていた。
「お兄さん、ヒゲなんか剃っちゃって、おでかけですか?」
鏡に映った彼女が話しかけてくる。そういう彼女も、よそ行きの格好だ。
「うん、可愛い女の子と一緒に映画を見にいく約束をしてるんだよ」
「それは奇遇ね。私も知らないおじさんと映画を見にいく約束をしたんだよ」
「じゃあ映画館でバッタリ逢うようなことがあるかもしれないね」
「そうだね、じゃあ私行きます。バイバイ
そう言い残すと、彼女はドアを開けてさっさと外に出ていってしまう。俺もすぐに顔を洗ってあとを追う。
それから2人して、『サマーウォーズ』を観に行った。そういう休日であった。