「悪は所詮なくならないものだ」などという諦念にとらわれたわけでは決してないが、じじつ文明の進歩とともにむしろ性犯罪が増加してきたのは事実で、それに応じるようにして科学は、起こってしまった悲劇のそれ以上の被害を防ぐための新たな手法を編み出していた。鍵と錠の比喩に例えられることの多いその方法によれば、当人を「鍵のかかっている」状態にしていれば、望まない妊娠をせずに済むという触れ込みであった。結局のところ、これは単に、犯罪被害の予防というよりは一般の家族計画の手段として世間には受け入れられた。鍵を開け閉めする方法は単純で、対象の女性の胎内に、所定の手順に従って、本人のものと充分に近い遺伝子を送り込めばよいのだった。そのための遺伝子と、手順を遂行するための形質を具えた人物とは、すなわち父親をおいてほかになかった。かくして初潮を迎えた娘を父親はその慈愛をもって犯し、婚前交渉というものから無計画さは完全に失われ、家庭をなすということには父親の協力が不可欠となった。家父長制の実質的な復権であった。