「ああ、俺もゆのっちのような美少女だったらなあ!」

 オレノフ=ジブンスキーにとって、ユノッチ=スケッチビッチはつねに美少女だった。なので彼がいつものごとく先のような台詞をひとり、彼の住むアパートの一室で叫んでいたとしてもそれは驚くようなことではなかったのだが、このことはオレノフの隣の部屋の住人の頭痛のたねでもあり、その不幸な住人は「やれやれ、また始まった!」と不満そうな声をあげると壁をその足でひと蹴りし、布団を深く被って寝てしまうのが常だった。オレノフはというとこれが彼の癖-習慣になっていることすら自覚しておらず、ただ酩酊状態にあって心の向くままに振る舞っているだけなのだったが、しかしその夜、彼をして不思議がらせるようなことが、彼の身に迫っていることにオレノフは気づいた。それはひとつの問いかけだった。
「何て言ったの?」
 オレノフはわっと声をあげ、すぐに目蓋を強く閉じて決して開こうとしなかった。その問いを発した本人を万が一じかに見でもしていたら目が潰れていただろうからだ。
「あ……あなたはゆのっちではありませんか?」
 質問というよりは確認の口調でオレノフは尋ねたが、相手はこれに答えることなく肯定し、こう言った。
「お前は、自分も私のような美少女だったら朝は目覚めも爽やかに、一日を快活に過ごせるだろうになあ、と言ったの?」
「はい」
 文脈からしてこれがユノッチ本人であることは間違いないと思われた。オレノフはこの彼の考えるところの(というのも、彼自身すでに世間でいうところの常識をすでに外れた人物ではあったので)常軌を逸した事態にすっかり畏怖の念にとらわれ、敬虔な気持ちで答えざると得ないと考えた。(ユノッチ=スケッチビッチその人がおれに話しかけているのだ、明日の朝には俺は精神病院に担ぎ込まれているかもしれないぞ)とオレノフは考えながら、続く事態をじっと待った。
続く。