自転車の後部に立って二人乗りをしていたら漕いでいる若い女性に「二人乗りするのはいいですけど、ちゃんと『ありがとう』って言ったほうがいいですよ」と指摘される。どうやら道ゆく自転車に勝手に飛びのって他人の脚で移動していたらしい。それも習慣的に。素直にすみません、ありがとうございますと言うと、いいえ、と返ってきて、別にもとから女性は気を悪くしていたわけでもない。道が混んでくると女性はぐんと自転車を上昇させる……彼女には魔法がかけられていて、空を飛べるのだ。ただおれは素っぴんなので、落ちたら死ぬ。もうそんな高さである。仕方ないので身体にしっかりとつかまる。胸はよくないので肩や腹に手を回す。やがてどこかの店についた。接客をしなくてはならないのである。メイク室にはパヒュームの匂いが入り混じっている。おれは髭を剃っていないので、何か借りられないか、と訊くと、だれか別の人の剃刀が余っているでしょう、とのこと。他人の剃刀を使いたくはなかったがやむを得ない。抽斗を開けると未開封のものがあって、ほっとした。